香港の英字紙South China Morning Postで取り上げられていた書籍「Factions and Finance in China - Elite Conflict and Inflation」(Victor C. Shih著)を読んだ。英語の書籍は日本語と比べると読むのに時間がかかってしまうのだが、膨大な歴史資料と統計に基づく中国の政治と金融の研究内容をまとめた内容だけに、中国の政治と銀行について真に迫るものがあり、時間を忘れて一気に読み終わった。
内容を要約すると、以下の通り。
(1) 中国の政権内の派閥は「地方政府上がりの政治家(=ゼネラリスト)」閥と、「中央官僚上がりの政治家(=官僚)」閥の二種類の派閥があり、中国の銀行の貸し出し姿勢は、これらの派閥の力関係に左右される。
(2) ゼネラリスト閥は銀行の融資枠を国家予算と同じように捉え、金融資源配分の「分権化」を訴える。ゼネラリスト閥は自らの政治権力を高めるために、同じ派閥内のメンバーが多い省に銀行の融資を重点的に配分するよう動く。
(3) 官僚閥は金融資源配分の「中央集権化」を訴える。ゼネラリスト同様、銀行の融資を、中央政府傘下の国有企業や特定の国家インフラ建設事業への融資枠の優先的配分等を通じて、中国政府内での自らの権力拡大のために利用する。
(4) ゼネラリスト閥が力を持つときは、銀行の貸出残高が伸びる。ゼネラリスト閥の中でも実権を握っている派閥が強い省は、各銀行に圧力をかけ、省傘下の国有企業やインフラ事業に優先的に融資させる。結果として発生する、大量の不良債権の発生や激しいインフレが大きな政治問題になる。
事例:ゼネラリスト閥に長く君臨した鄧小平は経済成長を深圳経済特区を設立、広東省に優先的に資金が割り当てられた。結果として1980年代後半の20%近いインフレをもたらした。
(5) インフレの影響が深刻になると、官僚閥が台頭し、ゼネラリスト閥の中で実権を握る派閥は、他のゼネラリスト閥や保守派(改革開放反対派)からの圧力をかわすために、一時的に官僚閥と手を組み(あるいは妥協し)、金融引き締めを官僚閥に託す。官僚閥は、これに乗じて権勢を強め、地方政府による各銀行への融資圧力を厳しく取り締まる結果、インフレは収束する。
事例:官僚閥に長く君臨した陳雲の影響力はインフレが深刻化した1980年代後半に高まり、鄧小平は
陳雲に託してインフレを収束させた。
中国の経済はこの(1)~(5)の繰り返しだ、というのが著者の結論である。
それぞれの派閥の代表的な人物は以下の通り。
ゼネラリスト閥:鄧小平、江沢民、胡錦涛
官僚閥:陳雲、朱容基、温家宝
派閥というと、最近の新聞では「太子党(幹部の親戚、息子中心)」、「共青団(共産党青年団)派」の権力争いがよく報じられているが、これらはゼネラリスト閥の間の権力争い、ととらえられるのかもしれない。
この枠組みを用いると、今の中国経済で起きていることが分かりやすくなる。
リーマンショック後の金融危機、景気後退に際してはゼネラリスト閥も官僚閥も一致して、銀行による資金供給の拡大に走った、と言えるのではないだろうか。2009年には経済は世界に先駆けて一気に回復し8%を超える経済成長を達成。
2010年に入ると、これ以上の資金供給は不良債権の増大やインフレをもたらすとして、慎重姿勢な官僚閥と、まだまだ景気は本格回復していない、インフレもそう深刻ではない、としてゼネラリスト閥は積極的な財政、資金供給を要求、そして両派の権力が拮抗している、という状況ではないかと見える。
最近はインフレ(=消費者物価の高騰)よりも、住宅価格の高騰が政治問題になっていることから、官僚閥の指示により、銀行は不動産に関連する融資を厳しく引締めている、という事もできるだろう。最近中国国内の新聞報道でも地方政府の隠れ債務を批判する記事が見受けられるが、これも官僚閥の見解が報道された、と理解することができる。
これらの枠組みを定性的な分析ではなく、定量的な分析も行っている本書は中国経済動向を読み解く上で非常に参考になる書であった。一点だけ、欲を言うとすれば、最近の動向や、胡錦濤政権後の将来見通しについて著者の考えを聞きたかった。